兵長の異常な性癖

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兵長は、少し変わった性癖がある。
もっとも、オレは実際の経験は兵長しかないものだから、比較するものもないんだけど……でも、やっぱり少し変だと思う。
こんなこと、誰にも聞けるわけないし相談できない。

「どうしてセックス中に首を絞めることを要求するんですか」

だなんて。
オレの首を絞めるわけじゃなくて、自分の首を絞めさせるんだ。しかもイく寸前に。
曰く、射精と同時に失神するのが最高に気持ちいいらしい。
でも、その後に白目を剥いて痙攣する兵長の身体を介抱するオレの気持ちにもなって欲しい。



「……あ?」
「……だ……だから、たまには普通にしませんか」
「普通ってなんだ」
「普通って……普通にですよ。終わったあとも抱き合ったり、キ、キスして一緒に寝たり……」
「なんだそりゃ……気持ち悪ぃ」

心底嫌そうに眉をしかめて、兵長は静かに吐き捨てた。
心の中で、思わずがっくりと肩を落とす。もともと、この人にそういうものを求めること自体が間違ってるんだ。わかってはいたけど。
オレ達の場合、こういう関係自体も少し変なんだろう。上司と部下。人と巨人。男と男。年だってひと回り以上離れてるし、こうやって同じベッドに裸で向かい合ってること自体が、普通のことじゃないんだ。少し憧れていたんだけどな、と息を吐いて、いつも通りに服を脱ごうとシャツを捲ると、ズボンのあたりを引っ張られた。

「……なんですか?」
「エレン。お前、今普通っつったな。何と比べて『普通』なんだ? どっかでそのフツウのセックスでも覚えてきたか」
「そ……そんなことしてないですよ」
「なら、誰かに入れ知恵でもされたか。俺のセックスが普通じゃねえって」
「そんなんじゃ……」
「生憎、俺にとってはあれが普通なんだよ。ションベン臭え甘ったるいセックスがしてえんなら、街に出て女でも買ってこい」
「…………」

普段は暗い色の瞳が、薄い金色になって下からじっとオレを睨む。それを見てから、もう一度小さく息を吐いた。
この人は、いつもこうだ。
素直じゃないというか、わざと煽るようなことを言うというか……オレが本当に女の人を抱きに行ったりなんかしたら、全力で殺しに来るくせに。

「行きませんよ。兵長以外としたいと思わないですし」
「だったら、二度とくだらねえこと言うな。普通だとか、そういう勝手な物差しで計られるのが一番頭くるんだよ」
「……わかりました」

無意識に唇を尖らせて、着ている服を全部脱ぐ。その後に兵長の服を脱がそうとズボンのベルトに手をかけると、兵長はオレの手元をじっと見てから顔を上げた。
今度はなんだ。
「なんですか?」ともう一度尋ねると、兵長は表情を変えずに小さな唇を動かした。

「……お前にもしてやろうか」
「……はい?」
「いつも俺ばっかりじゃ確かに悪いしな」
「……何をですか?」

……なんてことは、聞くまでもない。
いつだって、ベッドの中で兵長が思いつくことなんて、大抵ろくなことがない。
ベルトに手を掛けたままのオレに向かって、兵長は珍しく金色の目をゆっくり細めた。





ぎしっ、と木製のベッドが軋んで、反発生の悪いマットレスに身体が沈む。
もともと一人用のベッドは、男二人が乗ることなんて想定されていないんだろう。しかも、こんな状況で。いつも激しいセックスに繰り返し耐えているこのベッドの寿命は、もうだいぶ縮まっているんじゃないかと思う。

「は……っ、ぁ、あぅ……っ」
「兵長……何か今日、すごいですね」
「……っうるせえな……黙って見とけ……」
「はい」

体重移動装備ベルトで両手を拘束されたオレは、身体の上で足を全開にして性器を飲み込んでいく兵長の顔をじっと見ていた。
オレが立てた膝に手を掛けて、胸を反らせてゆっくりと性器を自分の身体の中に埋め込んでいく。いつもは中途半端にしか勃っていない兵長の性器も、珍しく腹につくくらいに勃起してる。オレのものが根元までしっかりと入った時に、兵長は大きく息を吐いて目を瞑った。
あー……すげえ絶景だ。
拘束された手は不便だけど、目の前で人類最強の好きな人が両足全開にして、オレの性器を咥えてる。はあはあと薄い胸を何度も上下させながら。
鍛え上げられた身体が薄暗いランプに照らされて、やけにいやらしく見える。どこもかしこもカチカチで筋肉の塊みたいな小さな身体も、この中だけは暖かくて柔らかい。
思わずごくっと喉を鳴らして、繋がっている腰を少し揺らした。

「……ッぁ、てめ……」
「だって……気持ちよくて」
「大人しくしてろっつってんだろ……」

小さく舌打ちして、兵長が俺の腹のあたりに両手をついて腰を浮かせる。
ずるっと性器が引き抜かれたと思ったら、その後すぐにまた根元まで埋まった。ぞくぞくとした鳥肌が背中に走って、思わず上ずった声が出る。兵長はそれを見て少し楽しそうに笑って、腰の動きを早くした。
普段は誰かに命令をされたり、人の言う事を聞くのが大嫌いなこの人は、セックスの時だけはオレに主導権を渡したがる。
乱暴に、滅茶苦茶に扱うことを要求してくる。体位はバックが好きで、全身を縛り付けたり、視界を塞がれることも大好きだ。普段のサドっぽい姿は、この性癖の反発なんじゃないかといつも思う。
――だから、こんな風に、この人が主導権を持つって結構珍しいんだ。
オレの上で喘ぎながら腰を揺らす兵長の姿を見ながら、もう一度ごくんと唾を飲んだ。

「あ……っぅ、う、……っはぁ、あっ……」
「へいちょ……っ、ぁ、すっげ……」
「……気持ちいいか? なあ……」
「い……ッ、いい、です、すぐ出そう……」

オレも動きたい。
頭の上で拘束されている腕に力を入れた時に、兵長の手が伸びてオレの首に掛けられた。

「ッ、……っぐ、……!」

ものすごい力で気道が塞がれる。
息ができない。荒かった呼吸が急激に行き場と出口を失って、ひゅくっと喉が勝手に鳴る。
声が出せない。手も足も動かせなくて、ただ目だけが大きくなる。
兵長。兵長、兵長。
兵長は、オレの首に体重を乗せながら、薄い唇を舐めて腰を上下に動かした。

「おら……いいだろ? 身体びくつかせてんじゃねえよ……」

少し首の力が緩められる。その後にまたすぐ絞められて、喉の奥がヒューヒューと鳴った。
溺れている時って、こんな感じなんじゃないだろうか。身体全部が、空気を、酸素を求めて勝手に跳ねる。水からあげられた魚みたいだ。

「……ッぐ、……っへいちょ……」
「……ああ、いいなあ。テメェのそういう顔。こっち側になるのも悪くねえか……」
「……は、はっ……はぁ、ぅ、ぐ……っ!」
「さっさとイけよ。一番気持ちイイとこで落としてやるからよ……」

腹の上に乗っている兵長の動きが早くなる。
苦しい。なのに、追い上げられている射精感が止まらない。瞼の奥がチカチカして、目の前がだんだん霞んでくる。
無意識に拘束された腕を振り回して、足をじたばた動かしていた。もちろん、兵長に乗っかられた身体はぴくりとも動かない。
オレの性器を埋めたままの兵長は、赤い舌で自分の唇を舐めてから、気持ち良さそうに身体をグラインドさせてオレの首に体重を乗せた。

「あ……っあ、が、……ッぎ……!」
「……っあー……すげえ……最高だ……なあ、イけよ、ほら、さっさと俺ん中ぶちまけろよ」
「……ぃ、……――――ッ!」

容赦のない力で、思い切り首が捻られる。
最後は、頭の中が真っ白になって何がなんだかわからなかった。
多分、あの瞬間にブラックアウトしてそのまま失神したんだろう。
射精した感じもよくわからないし、自分がいつどうなったのかもわからない。
こんなものが好きな兵長は、やっぱり絶対どこかおかしい。
朦朧とする意識の中で、静かにそう思った。





どのくらい時間が経ったのか、しばらくしてからオレは、げほっ、という自分の咳で覚醒した。
隣には、兵長が裸のままで座っていた。顔は心なしかすっきりしてる。オレの髪の毛を軽く梳きながら、兵長は「どうだった」と静かに聞いてきた。

「し……死んだ母さんが見えました……」
「よかったじゃねえか」
「こんなことしてる最中に親に会いたくないですよ……」

ぐったりしながら言うと、兵長はオレの頭を掻き混ぜながら少しだけ笑った。

「……水飲んできます」
「おう」
「兵長いりますか」
「いらねえ」

そうですか、と言ってから全裸のまま、よろよろとベッドを下りて部屋の奥にある水場に向かう。
勢いよく蛇口を捻って水を飲んでから、薄暗い鏡に映っている自分の姿を見た。

「……あ」

鏡の中の自分の首に、くっきりと指の痕が残っていた。兵長の指のあとだ。親指の痕が特に赤黒く残ってる。触れると、ほんの少し痛かった。
右手で首に触れながらベッドに戻る。兵長は横になっていて、裸のオレの姿をじっと見ていた。
横たわっている兵長の首を撫でてから、黒い髪の毛を小さく引く。

「すげえ痕ついてますよ。どうしてくれんですか」
「明日はスカーフ貸してやろうか」
「……兵長がいつもスカーフつけてるのって、これのせいですか」
「……今更気付いたのか?」

兵長の目が少し大きくなって、オレを見る。意外そうな顔に、同時に嫌な疑惑が頭を掠めた。それはすぐに布に落ちたインクみたいに広がって、じわじわと心を浸食していく。無意識のうちに目が据わって、声が一段階低くなった。

「……待ってください。オレとこういう関係になる前からつけてましたよね。オレとしない日とかもつけてますよね、兵長、アンタもしかして……」

横を向いていた兵長が仰向けになって、オレを見上げて少し笑う。薄い唇が引き上げられて、そのあとに「さあ」と意味ありげに小さく言った。

「お前にゃ関係ねえよ」
「……過去のことにどうこう言うつもりはないですけど、オレが生きてるうちに他の男や女とヤったりしたら、殺しますよ」
「……ほう」

ぎしっ、とベッドに体重をかけて、兵長の身体を閉じ込めるみたいに両肘を顔の近くにつく。そうして、目を反らせないように頬を両手で固定した。
兵長は相変わらず楽しそうに笑っている。その笑いが気に入らなくて、顔を掴んでいる手に力を篭めた。

「悪くないな」
「本気ですからね。思いつく限りの一番残忍な方法で、アンタも相手も殺してやる」

息のかかる距離でそう言って、目を合わせる。
薄金の瞳はオレから目を反らさずに、やがてゆっくりと伏せられた。

「その前に、てっとり早く天国にイかせてくれ」

そう言って、兵長はオレの唇に噛み付くようなキスをした。両手は、もちろん自分の首にかけさせて。



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