祝・貫通

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顎を掴まれて顔が近づいてきたと思ったら、柔らかいものが唇に触れた。
それが兵長の唇だとわかったのは、目の前に黒い睫毛が揺れるのが見えてからだった。

(や……柔らけえ……!)

唇って柔らかいんだ。どこもかしこも硬そうな兵長だから、てっきりここも硬いんだと思ってた。
骨ばった指がオレの頬を掴んで、両手で包む。その時に、熱いものがぬるっと口の中に入ってきた。
「……っん? んんんんっ?」
舌だ。これ、兵長の舌だ。一気に背中から汗が噴き出る。一体何をどうすればいいのか分からなくて、がっちり固まったまま、超至近距離で揺れる兵長の睫毛をずっと見ていた。
「……おい。エレン」
「……っぷはッ、は、ひゃいっ」
「目ぐらい瞑れ。集中できねえだろうが」
「あ……は、はい」
言われた通りにぎゅっと目を瞑って、口を開ける。その途端に、兵長が「……そりゃ、なんのまねだ」と不思議そうに言った。
「や……やりやすいかなと思いまして」
「……なにがだ?」
「兵長が、舌でオレの口の中を調べるのが」
目を開けて、少し目線の低い兵長と目を合わせる。兵長はいつもの不機嫌そうな顔を更に謎めかせて、口を半開きにしているオレの顔をじっと見た。
「面白えこと言うな……」
「フガッ」
「口の中の確認か。思ったこともなかったぜ」
「ひた、ひたひです、へいひょう」
鼻を摘ままれたまま、指で舌をぐいっと引っ張られる。息がしにくくて、勝手にはっ、はっ、と犬みたいな呼吸になる。兵長はそれを見て少し笑って、指で掴んだオレの舌を舐めた。
変な感触。べろって、こんなに熱いんだ。ぬるぬるしてるし。相変わらず目を閉じることができないまま、近くにいる兵長の顔を見る。指が舌から外されて、もう一度頬を掴まれた。反対の手は頭の後ろに回されている。
(……兵長、目瞑ってら)
どうしてキスの時って目を瞑らなきゃならないんだろう。こうしてずっと見れた方がいいんじゃないか。荒い息のままで舌の感触を感じながら、ベッドに置いた手をぎしっと鳴らした。
つうっと透明な唾液がオレと兵長をつないで、ぷつんと切れる。
「あの……兵長は、こういうことはよく……」
「……とんとしてねえよ。つまんねえこと聞くな」
「あ……すみません」
オレの上に乗り上げた兵長が、するすると服を脱がしていく。「手、あげろ」と言われて、素直にそれに従った。気付けばオレだけが裸だった。
……あれ?
そのまま首のあたりに噛みつかれて、歯を立てられる。脇腹がするっと撫でられる。
(う、うわ、うわわわわ)
上半身全部に鳥肌が立って、耳のあたりがかあっと熱くなった。
ちょ……ちょっと待て、これって、これでいいのか? オレが抱かせてくださいって頼んだのに、されっぱなしで……。
「へ、兵長っ」
思わずベッドの反動をつけて起き上がる。その反動で、兵長の小さな身体がころんとベッドに転がった。
「……なんだ」
「オ、オレがやります。やらせてください」
「できんのか?」
「……好きに触っていいんでしょう?」
ごくんと息を飲んで、白いシャツ越しに身体に触れる。兵長は鼻から小さく息を吐いてから、両手を自分の身体の横に置いた。
自分からは何もしない、という合図だろうか。もう一度唾を飲んで、白いスカーフを外して、ボタンの前を開ける。
やばい、手が震える。人類最強だぞ。人類最強の身体だぞ。
ずっと憧れていた人の身体。
オレよりも小さな身体は、オレよりもずっと硬くて、ずっしりしてて、素肌は燃えるくらいに熱かった。
開いた身体には、無数の傷と引き攣れたような痕があった。深いものも、浅いものも、何かで縫ったような痕も。思わず、熱い息を吐いた。
「……まだ、触りてえって思うか。これでも」
「触りたいです。すごく、……あの、綺麗です」
「…………」
「この傷は兵長がオレたち人類を守ってくれた証だから……本当に綺麗だと思います」
そう言って、一番古そうな大きな傷跡をそっと撫でた。
すごい筋肉だ。カチカチだ。服を着てる時はすご細く見えるのに。
胸のあたりを撫でて、さっき兵長が触ってくれたみたいに脇腹に触れる。少しだけ身体がぴくっと動いて、ベッドが軋んだ。
「あの、舐めてもいいですか」
「……好きにしろ」
許可を貰ってから、胸の突起に舌を這わせる。上目遣いで顔を見ながら舐めると、兵長は息を吐いて目を瞑った。
自分の荒い息だけが、狭い部屋の中に響いている気がする。時折聞こえる、自分が立てる水音も。
色の薄い乳首に軽く歯を立てると、後頭部に回されていた手がぎゅっと髪の毛を引っ張った。
「……それ、楽しいか?」
「はい」
「……男の乳吸いてえって気持ちもわかんねえな……」
心なしか、兵長の息もあがっている気がする。誤魔化すみたいに言う言葉に、胸から唇を離して顔をあげた。
「オレ、そういうのよくわかりません。全部兵長が初めてですし……兵長が嫌じゃなければ」
「…………」
そう言って、もう一度胸の突起に吸いついた。上から、小さく息を吐く音が聞こえる。そのあとに、兵長の手が伸びて、オレの股間に触れた。下着の中に手を入れられて、直に触れられる。腹につきそうなくらいに勃ちあがった性器はすでに先走りの液で濡れていて、小さく卑猥な音を立てた。
「え、……っぅ、うわっ、へ、へいちょ……」
「うるせえな。とっとと先進め」
「さ、先って……、っだ、だめです、触らないでください」
自分以外の人に触られるなんて初めてで、その刺激に身体がびくびく反応する。片手で包み込むように先端を弄られて、腰が勝手に跳ねた。
「すぐイっちゃうんで、だめです」、とその手を外すと、兵長は呆れたようにオレを見た。
「下着、脱がせても……」
「いちいち許可取ってんじゃねえよ。好きにしろっつっただろうが」
「は……はい」
ドキドキしながら下着を外して、そこにゆっくり手を伸ばす。性器はオレみたいに勃ってはいない。興奮してるのはオレだけか、と少し寂しく思いながらも、それを片手でそっと握る。兵長の眉がぴくっと動いて、オレの腕に軽く爪を立てた。
……すげえ。オレのよりでっかい。全然形も違う。同性とはいえ、人のものをこんなに近くで見たのも触ったのも初めてだ。
呼吸が荒くなっているのを隠すことができない。「息がうるさい」と低い声で言われて、「すみません」と謝って、這わせている指をお尻の方に伸ばした。
窄まっている場所に中指を滑らせて、少し力を入れてみる。その途端、瞑っていた兵長の瞳が開いてオレの手をガッと掴んだ。
「……おい」
「はいっ!」
「どこ触ってる」
「……え? だって、ここ解さないとって」
「どうして解す」
兵長の黒い瞳が光って、下からオレの顔をじっと睨む。
中指はちょうど兵長のお尻の入口……そこで動きを止めて、どうしてって、とオレも兵長の顔を見た。
……ここに、挿れるんだろ? 合ってるよな?
そう思いながら、あの、と小さく説明した。
「……ああ?」
「で、ですから……」
「おい、もういっぺん言ってみろ。お前のを、俺に、どうするって?」
「……オレの、これを、兵長の……」
「……ケツに……? だと……?」
兵長のこめかみに青筋が浮き出て、目がくわっと丸くなった。
怖え。
ヒッ、と息を飲んで思わず指を引っ込める。兵長はゆっくりと上半身を起こしながら、大きくした目を細めて低く呻いた。
「……馬鹿にしてんのか?」
「し、してませんっ」
「だったら、どうしたらそんな発想が出てくる。誰に担がれた? それともお前のお花畑の脳みそが考えたのか」
「男同士はこうするんだって、おっ、教えてもら……」
「誰にだ?」
「い……言えません」
「言え」
「だって言ったら兵長、その人のこと削ぎに行くでしょうっ?」
間違った知識かどうかはオレもわからない。でも、もうオレはその気で、そのつもりで抱かせてくださいとお願いしたんだ。もし男同士でもそういう行為ができるなら、オレは兵長としてみたい。……と、思ってたんだけど、兵長のこの反応、やっぱり間違ってるのか?
兵長が目を反らして舌打ちして、オレの身体を突き飛ばした。
「抱かせてって、そういうことか。冗談じゃねえ、ここまでだ」
「ええっ!」
「ええ、じゃねえ。十分堪能しただろうが。どけ」
「やっぱり、違うんですか。オレ騙されたんですか」
「……男と女でも、そういうやり方はある。だが、俺はごめんだ」
くそ、と言いながら、兵長がベッドから降りるために足を掛ける。慌ててその腰にしがみついて、オレもベッドからずり落ちた。
「そういうやり方もあるなら、オレしてみたいです!」
「聞こえたか、エレンよ……俺はごめんだと言ったんだ」
「抱かせてくれるって、言ったじゃないですか」
「俺の思っていたものと違った」
「約束したじゃないですか! お願いです、ちょっとだけでも、さ、さきっぽだけでも……!」
「断る……!」
ずるずると引き摺られながら必死に懇願する。兵長はオレを引き剥がそうと、額と手の甲に青筋を立ててオレの髪の毛を引っ張った。
「ケツはクソを出す所で、入れるところじゃねえんだよ」
「座薬は入れたりするじゃないですか。オレだって昔よく入れられました」
「お前の知ってる座薬は出たり入ったりすんのか? ああ?」
「で……出たり入ったりって、兵長……」
髪の毛を引っ張られながら、かあっと顔が熱くなる。オレのあれが、兵長の中を出たり入ったり。考えただけで目眩を起こしそうで、顔から湯気が出そうになった。
「お願いです」と土下座をする勢いで兵長の腰にしがみついたまま、ずるずると引き摺られる。流石は人類最強、オレがひっついたままでも兵長の動きには支障が出ない。ただ、あんまりにも全裸で懇願しつづけるオレの姿が哀れになったのか、兵長は動きを止めてオレを見て、こめかみに手を置いてからもう一度舌打ちした。
「……ックソ、わかった、好きにしろ。お前が誰に相談したかは知らんが、金輪際そいつからの助言は受けるな」
「本当ですかっ」
「よく確認せずに約束なんてするもんじゃねえな……こりゃ、俺への戒めだ」
眉間に皺を寄せたまま、ぶつぶつと兵長が言いながらベッドに戻る。オレはその後に続いて、身体の汚れを払ってから兵長の身体に圧し掛かった。


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