リヴァイさんは、エッチな漫画を描く人だ。
でも、ちゃんとキャラクターを作って、設定を練って、話に矛盾がないように細かく物語を考えている。
「愛情を注いでやらねえと、キャラが可哀想だろうが……」
そう言ってペンを持つリヴァイさんの姿は、とても好きだ。
あれからオレは、よくリヴァイさんの部屋に出入りするようになっていた。
学校が終わってからは鞄を置いて、制服のまま夜までいることも多かった。でも、話すことはほとんどない。時々漫画の感想を求められたり、飯を作って貰ったり、逆にオレが作ったりして過ごしているだけだ。
ほとんどオレが押しかけてるような状態だったけど、リヴァイさんは面倒臭そうな顔はしても追い払ったりはしなかった。ファンだと言ってるオレを、無碍には扱えないのかもしれない。
でも、それを差し引いても、部屋にあげてもらえるのは嬉しかった。
※
ある日、スーパーで買い物をした帰りに家に寄ったら、リヴァイさんは鉛筆を口元に当てながら、黒いオーラを出していた。
「しめきりですか?」
「……ネームのな……次の主人公なんだが、少し変えようと思ってて」
「どういう人なんですか?」
「年齢は三十代で離婚歴あり、仕事は普通の事務員で、少し人生に疲れてるようにしたいんだが……」
「ああ、なんか、三十路でバツイチってもう後がないってかんじですもんね」
「……おい。そりゃ俺に喧嘩売ってんのか」
「……え? ……あっ!」
「もうお前には相談しない」
「ちょ……ちょっ、設定の話、漫画の話です! すみません」
「何笑ってんだ」
「す、すみません……」
失言した、と思いながら口を押さえる。
リヴァイさんは、一度結婚をしていたらしい。どうして奥さんと別れたのか、そこは聞いていない。
少し拗ねるようにこっちを見るリヴァイさんがなんだかおかしくて、申し訳ないと思いつつも笑ってしまった。
「いいけどよ」とリヴァイさんが息を吐いて、シャープペンシルを置く。そのあとに、あ、という表情をしてから、俺に向かって顔をあげた。
「……おい。お前、ちょっと協力しろ」
「はい?」
「こっちこい」
そう言われて通されたのは、真っ白なシーツがセットされたベッドルームだった。
何のつもりなのかがわからなくて、首を傾げてリヴァイさんを見る。
「……あの?」
「仰向けになって、足開け」
自分のシャツのボタンを外しながら、リヴァイさんはそう言ってオレに向かって顎をしゃくった。
※
「……もう少し足広げられねえか。体勢的にきついか?」
「い……いえ……大丈夫です」
「片手でシーツ掴め。胸ももっと突き出す感じで」
「……はい、でも、あの」
「なんだ」
「あの……恥ずかしいんですけど、ものすごく」
ベッドで大きく足を開いた状態で、足の間からリヴァイさんの顔をじっと見た。
リヴァイさんはオレの問いには答えずに、クロッキー帳にさらさらと鉛筆を走らせている。横になれ、と言われたのは、どうやらポーズのデッサンを取りたいということだったらしかった。
「いつもは自分で写真撮って使ったりすんだけどよ……」
「自分で? リヴァイさんがこんな格好すんですか」
「セルフタイマー使ってな……複雑な構図だと資料ねえと描けねえんだよ」
リヴァイさんが、一人でこんなセクシーポーズで自分で写真を。
カメラの前でM字に開脚して親指を噛むリヴァイさんを想像して、思わず、ぶふっと吹き出した。
「……何笑ってる」
「いや、漫画家さんて大変だなあって思って……」
「漫画家に限らず、仕事はみんな大変なんだよ。おい、次、バックだ。後ろ向いてケツ上げろ」
「はい」
笑いを堪えながら、ベッドの上で四つん這いになる。バックって、こうでいいんだろうか。
「頭は下げろ」と言われて、はい、とその通りに従った。ポーズ的に、本当にリヴァイさんにお尻を突き出してるような格好になる。オレのこんな格好が参考になるのかと、頭を捻りながら横目でリヴァイさんの手元を見た。
器用に細かく動く手元。静かな部屋に、シャッ、シャッ、と鉛筆が走る音が聞こえる。切れ長の黒い目はオレとクロッキー帳を行ったり来たりしながら、時折顰められて、伏せられる。
……睫毛長え。
そう近い距離でもないのに、目元に睫毛の影が落ちているのが見えて、へえ、と思った。
「絵を描く人って、みんなこうやってデッサン取るんですか」
「さあな……俺は描いたことのないポーズはなるべく取るようにしてるが、上手いやつはいらねえだろ」
「リヴァイさん、絵うまいですよ」
「馬鹿いえ。上手くはねえよ。オレのはエロがあるから売れてるだけだ」
リヴァイさんがオレと目を合わせてから、小さく息を吐く。その姿を見て、あっ、と思った。
リヴァイさんの漫画は、濡れ場と言われる裸のシーンが多い。
身体の線も見えた方がいいんじゃないだろうか。
「あの……脱ぎましょうか?」
「……あ?」
「あ、下着まではちょっと恥ずかしいですけど」
そう言ってから、尻を上げたままでごそごそと制服のベルトに手を掛ける。多分、デッサンてそういうものなんだろう。よくわからないけど、美術の教科書とかにも裸の絵がよく載ってるし。
ベルトを外し終わった時に、リヴァイさんがオレに向かって「そのままでいい」と言って首を振った。
「そうですか?」
「……今日はな」
そう言って、リヴァイさんは再度クロッキー帳に目を落とした。
※
リヴァイさんという人は、涼しい顔をして、全てが清潔そうな格好をして、頭の中では、とても冷静に十八歳未満禁止のことばかり考えてる。
そんな人だ。
白いエプロンを締めてキッチンに立つリヴァイさんの後ろ姿を見ながら、突然ムラムラしたりはしないんだろうかと気になった。尋ねてみると、リヴァイさんは「しない」と言ってからカチンとコンロの火を止めた。
「しないんですか?」
「しない」
「ええー……」
「しねえよ……」
唇を尖らせると、リヴァイさんは「例えばだが」と、どん、といつもの大皿をテーブルに置いた。
「産婦人科医が、患者を診る度に落ち付かなくなってたら困んだろ」
「さんふじんかいって、何ですか」
「女の股を診る医者だ」
「…………」
「知り合いにいてな」
椅子に座りながら、リヴァイさんが「いただきます」の合図をする。箸を両手で持って頭を下げるやつだ。オレもそれにならって手を合わせて頭を下げて、最近自分で持ちこんだ青い塗り箸を右手に持った。リヴァイさんが、お茶の入ったマグカップを持って椅子の背もたれに背中をつける。
「俺のも同じだ。エロシーンなんてもう当たり前すぎて、別に何も感じねえんだよ。どう面白くするかっていうか、どうエロくするかってことばっか考えてるな……」
「……どうしたら、えろくなるんですか?」
「そりゃお前……色々あんだろ」
「わかりません」
「お前はどういうのが好きなんだ」
「オレは……」
そういうことは、リヴァイさんの漫画でしか知りません。……とは、なかなか言いづらい。描いた本人の前だし、恥ずかしい。
でも、どういうのが好き、と聞かれても自分でもどんなものが好きなのかがわからない。というか、そういうものに種類があるのかもよくわからない。
何て答えようかとぐるぐる一人で考えていたら、リヴァイさんがカップをテーブルに置く音が聞こえた。
「メシ中にする話でもねえか」
「…………」
「冷めないうちに食え。次はお前が作れよ」
「あ、は……はいっ」
今度は声に出して「いただきます」と言ってから、いつも通りの野菜と肉の炒めものを口に運んだ。それは、いつも通りに美味しかった。
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